第5回研究会レポート(2014/2/27)

第5回研究会は、「地域・中小企業にできるキャリア教育とは?」をテーマに開催しました。話題提供は、横須賀商工会議所 佐藤廣さんから。これまで4回の研究会で、企業・地域の大人にできるキャリア教育の可能性が見えてきている中、「大企業だからできるのでは?=中小業には無理では?」という問題意識も産まれ始めていました。そこで、地域や中小企業がネットワークを組むことでどのような取り組みができるのか、第1回キャリア教育アワードで準グランプリを受賞した横須賀商工会議所の取り組みについてお聞きしました。

話題提供

未来のよこすかを担う人財を地域で育てる

よこすかキャリア教育推進事業の取り組みの大きなテーマは「未来のよこすかを担う人財に育ってほしい」ということです。子供たちに夢を与える社会を実現するためには、学校現場だけで担ってきた子供たちの教育に、産業界が主体として深くかかわり、職業観・勤労観と地域への愛着心の醸成をめざして、横須賀市、横須賀市教育委員会と連携して平成20年から取り組みを始めました。

 この事業の前に、平成16年ごろからはじめた、若年無就業者の「キャリア・サポート事業」がありました。横須賀商工会議所の横はハローワークです。当時の商工会議所の会頭が、「昼間からハローワークにたむろしている若者たちの光景を見て、横須賀の将来が不安になった」と漏らしたことが取り組みのきっかけになりました。商工会議所は、商工業者を支援する場所。商工業者を支えているのは人である、ということで、人を育てることも立派な商工会議所の仕事ではないか、と考えたのです。

 当時は雇用・能力開発機構のデュアル訓練を主に実施してきていましたが、対症療法だけではダメだということに気づきました。根本の部分からキャリア教育を推進するのが必要なのではないか、と。そこからキャリア教育推進事業がスタートしました。働くことや仕事のことを考えさせるには、その地域で働く人に話をしてもらうことがいちばんいいのではないか。地域の方が講師を務めることで、その企業が地域にあることを子供たちに理解してもらい、それを通して、子供たちの意識の中に、地域への愛着心や地域産業への興味がわいてくるのではないかと考えました。長い目で地域を支える人材を育てるためには、産官学が連携して地元にメリットがある形を作ることが必要で、そのしくみを作って継続していくことが重要だという“気づき”が事業のきっかけになりました。

 この事業のポイントを教育界・産業界の視点から説明します。

 教育界にとってのポイントは、主に中学校の総合的な学習の時間を活用し、年間を通してその学校がどうしていきたいのか、子供たちをどのように育てていくのかを考え、年間を通じたプログラムの実施としている点。市内の全中学校は職場体験にとりくんでいます。その職場体験を核として、事前・事後の取り組みを充実させ、年間を通したキャリア教育の学びを、教師と一緒になって作りこんでいくという手法をとっています。キャリア教育を何のためにやっているのか、コンセプトを明確にすることもポイントです。10年後20年後に横須賀地域で活躍してくれることを目標のひとつとして共有し、地域でがんばっている人や会社を知ってもらい、地域に目をむかせ、地域への愛着心を育てよう、というのも目標のひとつです。また、プロだからこそ伝わる言葉を大切にしています。学校の先生は、教師については語れますが、それ以外の職業については伝えることができないと思います。その職業に精通しているプロが発した言葉や想い、悩みといった、「実際に体験している人たちの言葉」が生徒たちに響いています。なので、地域でがんばって働いている職業人に出会わせたいと思って取り組んでいます。地域の中で職業に目を向ける、働くことについて地域の人から直接話を聞くことで、将来についての不安がなくなったり、がんばっている人って素敵だなと思えること。中学生へのキャリア教育は、こうした「気づきを与える」プログラムなんだと思っています。その気づきが将来の夢や目標になり、生きる力につながるのだと考えています。

 次に産業界にとってのポイントは、「働く意義の再認識」「従業員の意識の変化」「地元企業を知ってもらうこと」「CSRとしての事業価値」といったポイントがあげられます。働いている人なら誰でも気軽に参加できるので、実践的な従業員教育の場として活用してもらっていることが、企業側の理解につながっていると思います。職場体験を経験した子供たちと職業観・勤労観を話し合うプログラムでは、「自分がこの仕事についてよかったと思った」「自分はなぜここに就職したのか」「自分は何を目標にこれから働くのか」というような、参加した職業人それぞれが、自身の生き方のふりかえりの機会になっています。企業にとっても生きる力になっているのだと思います。授業を通してのつながりがお互いの財産にもなっており、こうした「相互へのメリット」がなければ意味がない、長続きしないのだと思っています。

小さくはじめて成功例を作り、地域を巻き込む

この事業の運営組織についてご紹介します。

 事務局は、横須賀商工会議所と横須賀市教育委員会、横須賀市の3者となっています。商工会議所の中に事務局を置いています。ここには、産業界からの講師派遣など、学校と企業のあいだにたつコーディネーターを置いています。横須賀市教育委員会の役割は、学校の取りまとめのほか、子供たちに対する教育的効果の検証。ここに横須賀市がなぜ入っているかというと、市の施策としてキャリア教育事業を推進するという役割を担っています。この事業でいちばん核となってくるのが、プログラムを支援する企業応援団。いま410社程度が登録しています。この企業から派遣される講師をMTT(マイタウンティーチャー)と呼んでいます。「わが街の先生」ということで、愛着を持ってこう呼ぶことにしました。わが街で働く大人は、みんな子供たちの先生なんです。こうした企業応援団の力を借りて、市内の全23校の中学校を支援しています。

 ここまでの事業の歩みについてですが、2005年、「これからのキャリア教育を考える」という目的の協議会が横須賀市教育員会を主催として発足しました。当時は文科省がキャリア教育を推進していましたが、定義があいまいな中で「キャリア教育=職場体験」という認識が定着していた時代でした。そうした中、2008年度から、「職場体験だけでは非日常を体験するイベント的要素が強いだけのものになってしまうのでは」という問題意識から、モデル校2校を選定してプロジェクトがスタート。「職場体験を核とした事前・事後のプログラムを充実させることで年間を通したキャリア教育になるのではないか」と、横須賀商工会議所が音頭をとり、横須賀市教育委員会とともに、仮の事務局を商工会議所において取り組みを始めました。2009年には、前年度の成果・効果が認められ、横須賀市が施策として取り上げ、ここから本格的に事業が動き始め、現在は全市23校を対象にキャリア教育を推進しています。

 

 具体的な取り組みとして、推進校担当者会議を年度のはじめと終わりに開催しています。年度はじめの会は、推進校同士の顔合わせや職業人講師を活用したプログラム内容を担当の先生に伝えること、年度の終わりは報告会です。よこすかキャリア教育応援団といって企業応援団を募集することもしています。商工会議所の会員企業は約5200社であり、全員が応援団ですよ、と言ってしまえば、数はそろえられます。しかし、そうはしていません。この「人を育てる事業」は、人とのつながりや信頼関係で成り立っているということを強く感じています。なので、会員企業の中で少しでも興味を示してくれる人がいたら、出向いて、話をして、理解してもらってから事業に参加してもらうようにしています。そうして少しずつではありますが、事業に参加する仲間を増やしています。

 続いて、中学生自分再発見プロジェクトという、中学校がMTTを活用するプログラムは、現在、市内の全23校が実施しています。推進校(実施校)については、当初から立候補制をとっていました。教育委員会が強制的に全校でスタートさせることもできましたが、そうはしませんでした。立候補制にすることで、学校側にも責任が生じ、担当教員も自分のやりたいことが実現できますし、関係者が前向きに取り組めるようになります。それが良い結果を生んだのだと思います。「小さくはじめて成功事例を作り口コミで広げていく」という手法が、全中学校での実施というところまで広げることができた要因ではないかと感じています。

 そして、MTT交流会という、よこすかの将来をみんなで語ろう、という異業種交流会を開催しています。横須賀で働く者同士の顔見知り度を上げよう、というのが目的で、学校の先生も参加していつもなごやかな雰囲気で開催されています。学校の先生も含めた異業種交流会は横須賀市では例がなく、毎年100人以上の職業人が参加しています。MTT同士がビジネスマッチングにつながった報告を聞いていますし、先生にとっては企業と出会える場でもあるので、職場体験の受け入れ先の開拓にも活用されています。

 情報発信としては、HPによる情報発信のほか、MTTの紹介冊子「よこすか働き人」を発行しています。自身の仕事に対しての思いや、プログラムに参加しての感想、子供たちから受けた発見や変化などを読み物として発行しています。当所の会報紙に折り込みというかたちをとって配布しています。

 

中心になるのは「学校がやりたいこと」

プログラムの年間スケジュールの一例をご紹介します。

 一律に同じプログラムを実施するのではなく、学校別に異なったプログラムを実施しています。あくまで「学校がどうしたいのか」に重点をおいて、年間を通してプログラムを配置している。まず最初にやることは、学校がどんなことをやりたいのかというヒアリング。このプログラム例では、「地域を知る」ということで、地元の商店街の方をお呼びして地域の歴史やお店の話を聞き、その後、今度は商店街を訪問して話を聞く。次に「私の仕事を教えます」プログラム。これは職場体験の事前学習として行う「気づきのプログラム」です。8業種程度の職業人に来てもらい、仕事についての話だけでなく、その仕事の体験も少しさせてもらいます。職場体験の直前にマナー研修、そして職場体験へ。事後学習では、「グループディスカッション」といって、企業人を30人ほど学校に呼んで、振り返りを行います。学校によっては、マナー研修だけ、グループディスカッションだけというケースもあります。あくまで「学校がどうしたいのか」を優先に考えながら年間を通したプログラムを組み立てています。

 もう少し具体的にご紹介します。職場体験を核として、事前のプログラム、事後のプログラムがある、と考えています。事前の「私の仕事紹介します」はポスターセッションとも呼んでいますが、地域の職業紹介、職業・働くことについての気づきのプログラムです。6-8業種のMTTが学校に行き、教室等に職業紹介のブースを作ります。子供たちは自分の興味・関心のあるブースに行き、仕事の内容について話を聞いたり、ふだんしている仕事を披露してもらったり、体験させてもらったり。1コマ40分を2回転するかたちをとっています。ビジネスマナー研修は、あいさつや身だしなみ、電話応対、名刺交換など、企業研修を行っている講師を招いて、本格的なビジネスマナー研修を行っています。事後プログラム「グループディスカッション」では、生徒5-6人に対して1名の職業人講師を派遣しています。内容は職場体験のふりかえり。「職場体験どうだった?」から始まり、働くことや仕事についての疑問・悩みをMTTと共有するものです。授業の終了後には、MTTと担任教師とのディスカッションも開催していて、クラスごとに授業の振り返りもあります。先生にとっては、社会人とかかわることで子供たちの新たな一面が発見できることもあり、また先生の社会性の向上にも役立っているようです。「私の仕事紹介します」も「グループディスカッション」も、子供の教育に興味のある大人ならだれでも気軽に参加できるようにしくみづくりをしているところが、横須賀市の特徴だと思います。

 また、もうひとつ、地域の特色を生かした産業界が担当するプログラムをご紹介します。特定校だけの実践にはなりますが、自分たちの学校・地域を取り巻く環境・資源を利活用して、キャリア教育の観点を加味して作ったプログラムです。ひとつめは「無人島文化祭~猿島ミッション~」。自分たちの学校から見える東京湾にうかぶ唯一の自然島「猿島」に観光客を呼ぶには?という課題を子供たちに与え、猿島航路を運航する船会社に対して地域活性化の企画を提案するというプログラムです。猿島は船で10分程度で渡れ、夏は海水浴やバーベキューで楽しんだり、最近はコスプレの聖地にもなっている場所です。しかし、夏はいいのですが、冬は観光客が来ない。閑散期に観光客を呼ぼう、ということで、子供たちが無人島文化祭を企画し、企業の力を借りて実現しました。内容は島内でのスタンプラリーや屋台。これらを中学生たちが運営をしました。そのほか、子供たちのアイデアから生まれたのが猿島チップス。子供たちのアイデアを船会社が実現させた、第1回よこすかおみやげコンテストで準優勝する商品になりました。次に「畑から社会へ」というプログラムで、 校内農園をもっているという市内でもめずらしい学校での取り組みです。この学校ではジャガイモとサツマイモの二毛作を行っています。以前は「作って食べる」ということを校内だけで完結させていましたが、さらに発展させ、加工して販売する工程まで取り入れてみました。サツマイモを使った料理のレシピを考え、市内の企業に協力してもらい商品を作り、中学生自身が「よこすか産業まつり」というイベントに出展し、販売をするという体験をしています。

生徒・企業・先生・社会人それぞれに生まれる変化

 これらの取り組みを通して、生徒・企業・先生・MTTそれぞれにどんな変化があったのか。ここでは、リアルな声をご紹介したいと思います。当初は子供たちを育てようという目的で始まったプロジェクトでしたが、生徒とかかわることで多くの大人たちが変わりはじめています。子供たちだけではなく、大人も自分を再発見しているという感想も多く出てきています。

 

<生徒の気づき>

・一番印象に残ったことは、「夢を夢のままで終わらせない!」という言葉でした。私は、看護師という夢を絶対にかなえたいと思いました。

・「人と話すことが苦手です。」といった時に「別に気にすることはないよ。すぐに慣れるから。」と言って下さったおかげで人前で話すときに自信を持てるようになりました。

・大工の仕事を体験して、カンナ掛けがとても難しく全くできませんでした。大工の仕事に限らず、最初からできるものは無いと思いました。自分の思ったとおりになるには、長い時間が必要だと感じました。

 

<先生の気づき>

・もともと学校にアイディア・意欲、やる気が先生にあっても、市内全域に及ぶ事業所とのつながりが取れない、取りにくい、薄いなどのために実現しなかった実践指導がありました。しかし、本プロジェクトにより、学校だけでは実現しなかったことが実現しました。期待したことが実現しました。まさに「夢の実現」です。考えていたことが学校という場所で展開されているのです。

・自分の学校だけの充実を考えていたのですが市全体で進めていく、広がっていくという視点が自分の中で大きくなり、どこの学校でも活用できるプログラム、汎用性のあるプログラムを用意していくことの重要性を意識するようになりました。

・子どもが疑問・課題を若いMTTの方々に投げかけ、一緒に考えてくださる、相談に乗っていただく、解決の手助けをしてくださる、そしてその意識、理解の積み重ねの後に職業体験をする。そういうプロセスがキャリア教育の趣旨を活かす機会になっていくというスパイラルな連続が自分の中で高まったのです。

 

<MTTの気づき>

・MTTを体験し、スタッフに対する研修やマニュアルに使う言葉も、もう一度見直しをして、わかりやすいものにしなくてはいけないと反省しました。

・「自分の言葉」で、もっとディスカッションできたらなぁと思いました。話しをしながら、我が身を振り返ることも多く、こちらとしても貴重な経験となりました。

・「今の職業でよかったですか?」と聞かれ、「改めてよかったと思います」と胸を張って話せたことが自分でも嬉しく感じました。

 

<企業の気づき>

・行く前は恥ずかしさや慣れない場面に戸惑いを見せたりしていても、終わって帰ってくると、一様に「良かった。」と感想を述べている様子を見て、色々な部署から派遣するようになりました。みんな前向きで心に余裕を持って接しているので、会社にとっての強い味方でもあります。

・参加した社員全員にレポートを提出させています。全員が「行く前はあまり乗り気ではなかったが、行って良かった。また行きたい。」と口を揃えています。その理由として「少しでも中学生の役に立ったことが実感でき、やりがいを感じた。」「中学生とのディスカッションを通じ、社会人としての責任感を再認識できた。」「自分の中学生時代にも、こんな制度があったら良かったのに…」という意見もありました。

4つの成功ポイントとは

 この取り組みには、4つの成功ポイントがあったのではないかとふりかえっています。

 ひとつめは産官学による密な連携。この事業が開始される前、2005年の教育委員会が主催の協議会から、連携の土台があった点は、事業の推進に大きく貢献したと思います。それをもとに組織が発展的に作られ、役割分担をはっきりさせながら動けたことが、成功した部分だと思います。

 ふたつめは、教育界出身のコーディネーターを商工会議所へ配置したこと。初代のコーディネーターは、退職校長の方に役割を担ってもらいました。商工会議所という団体が教育界に入ることは、非常にハードルが高いのですが、コーディネーターのおかげでそのハードルがだいぶ低くなったことが大きなポイントでした。商工会議所は教育のプロではありません。学校が産業界に求めていることは何か、どんな教育を子供に届けるべきかといった、「教育界が必要としていること」が、コーディネーターのおかげで自然に入ってくるしくみが作れたのだと思います。コーディネーターが、「教育界が必要としている会社や社員をコーディネートする」という役割分担を担ってきたことが大きなポイントだったと思います。

 みっつめは、産業界が直接教育にかかわる重み。学校の教師だけでは語りきれない職業観や思い、悩み、実際に体験している人たちの言葉が子供たちに響くということです。MTTが伝える本物の言葉は子供たちに響いています。そうした変化を成果ととらえ、先生たちも本気で取り組んでくれたことが成功のポイントのひとつだと思います。

 よっつめは、地域企業と“おもい”を共有したこと。地域の経営者は地域への“おもい”が強い人たちです。一昔前は、商店街や隣近所などが、間接的に子供たちの教育にかかわって、地域の中で子供たちを育てていくことができていたと思います。しかし、いまの時代、そうした場が薄くなってきた背景もあり、だからこそ、いま企業がお手伝いできるのであれば、ぜひとも関わってほしいと思っています。地域で育ってきた人たちは、地域が好きで、地域のためになるのであれば協力する、という人がたくさんいます。できることを、できる範囲でやってもらいたいと思っています。

 私たちの取り組みは、平成22年度キャリア教育アワード準グランプリ、平成23年度キャリア教育推進連携表彰の最優秀賞をいただくことができました。しかし、これは、もっとがんばっていろんな地域に広げていってほしいというエールをもらったものだととらえて事業を推進しています。このメッセージは、初代のコーディネーターが残してくれたものです。このメッセージを糧としてこれからも努力して広げていきたいと考えています。

参加者の声

「実際のキャリア教育を知ることができ、参加者の皆様とも意見交換ができたので非常に有意義な時間を過ごすことができました。」(R.Aさん)

「はじめての参加でしたが、いろいろな立場の方の意見が新鮮でよかったです。」(Y.Mさん)

「アイデア・刺激を得て感謝。会社を作ってそのしくみをまなぶ、プロボノなど、大人も一緒に学べるものになりそうでワクワクしてくる。キャリア・職業教育のその先にある、あるいは底流をなすものが生き方支援であるとすれば、関わりがもっと幅広く提供できそうに思う。」